| 「JRAをぶっとばせ!!」にようこそおいでいただきました。 管理人のようかんと申します。 巨大な金満企業JRAに対抗するには馬券で儲ける!これをコンセプトに当ホームページを 立ち上げた次第です。 えっ?「ちょっと大袈裟だよ」って?「お前一人で太刀打ちできるわけねぇだろ!?」ですって? 確かにおっしゃるとおりです。 でも、馬券控除率25%に対抗するには、どうしても高配当が必要です。 ここを訪れてくださった皆さんで高配当をもぎ取り巨大な力には、多くの集まった力をもって JRAをぶっとばそうではありませんか! でも、ちょっと待ってください。 ここでは、以下のような方はご遠慮ください。 |
| 以上のような方はここでは殆どお役に立てそうもありませんので、どうぞ、他のサイトや予想会社の会員になって下さい。 それでは聞きたくないでしょうけど、私の競馬歴を少々紹介させていただきます。 今から22年ほど前の(古くてスミマセン)1985年(昭和60年)。バイト先の人に勧められるがままオークスに挑戦しました。 んで、何とそこで勝ったのが前日新聞を見てバカにしていた馬だったのです。 ノアノハコブネ 新聞は無印。単勝6,270円の大穴でした。 ジョッキーは今は飛ぶ鳥を落とす勢いの音無氏(現調教師) で、よく見たら自分の買った馬券が2着、3着。(当時は当然ワイド馬券はありません。念のため) 「チクショウ!こんな変な名前の馬が来なければ当たっていたのに!!!」と地団駄踏んだのでした。 その後、馬券を買うチャンスに恵まれたのが、宝塚記念。 枠連810円が的中してしまい1,000円が8,100円になってしまったのです。 (今なら絶対に買いませんが(笑)) 当時時給650円の勤労学生(学生で馬券購入については時効という事で・・・)だった 私は、とても大儲けしたような気分になりました。 しかし、その後の下り坂の人生を送ったのは火を見るよりも明らかです。 福島競馬ではビギナーズラックで1,500円〜2,000円位の配当が面白いように当たりました。 で、当然、より刺激を求めて高配当へ足を突っ込む。 そんなこんなで、学生時代は奨学金は競馬、マージャン、パチンコに消え、学費の支払いの 際は赤いカードでキャッシング(笑)。そんな事を繰り返しておりました。 その後は就職していきなり福岡勤務になり、毎週のように小倉競馬場へ。 今みたいにPATなんてありませんでしたから。(電話投票は倍率がものすごかった) 最初の万馬券を当てたのが小倉場外でした。 (枠連で16,800円だけしか覚えていない) 2,3着が写真判定でハナ差でした。正直震えていました。 その後も当然更なる刺激を求めて大穴狙い。万馬券も何本か取りましたが、殆どが紙くず。 オグリキャップが勝った史上最大のデキレースの有馬記念はどういうわけか的中しましたが、 馬券をなくす始末。 その後新馬券馬連が登場。 最初にとった万馬券はミホノブルボン-ライスシャワーで決まったダービーでした。 配当は29,580円。1,000円分購入していた為、当時の2か月分の給料の払い戻しを受けました。 婚約指輪をきちんと買ってあげていなかったので、カカアに初めてダイヤをプレゼント。 指輪には1992.5.31ダービーと彫ってあります(笑) ある時は万馬券狙い、ある時は中穴狙いで馬連を買ったり枠連だったり、 スタンスがしっかりと決まっていなかった為、借金も膨らみ見事な転落人生。 我慢強いカカアも堪忍袋の緒が切れて一切の馬券購入が禁止となってしまいました。 ガーン!! で、しばらくは馬券研究と称して隠れてこそこそとやっており、時々万馬券も的中したある日、 そうだ!堂々と自宅で競馬新聞を広げたり、中継を見たりできる様に するには予想サイトやメルマガを作って発信する側に 回ったように見せかければいいんだ!! と気付き現在に至るわけであります。 最初の方にも書きましたが、ここに訪れていただいた方には私のように馬券で痛い目にあって いただきたくないのです。 だから、全財産を投げ打って馬券を購入するような事は絶対におやめください。 中々出来ない事をやる勇気が必要な時もあります。 儲かった時点でその後のレースは買わない。 買っても、マイナスにならないようにする。 これだけは、わたくしようかんから、絶対にお願いしたい事です。 どうか宜しくお願いします。 書き出したら止まらなくなり大変長い文章になってしまいました。 ここまでお読み頂きありがとうございます。 |